一、千葉氏の始まり

現在の緑区大椎町に本拠をおき活躍した大椎常兼(おおじ つねかね)の息子、常重(つねしげ)は平安時代後期の大治元年(1126年)6月1日に現在の中央区亥鼻付近に本拠を移し、武士団を形成しました。
これが、千葉の都市としての始まりだと言われています。また、常重は初めて千葉を名乗ったと言われています。

二、千葉氏の興隆

常重(つねしげ)の子、常胤(つねたね)は千葉氏の中興の祖とされる人物です。1180年、石橋山の戦いに敗れた源頼朝が海を渡って房総に逃れてきた際に、常胤はいち早く頼朝の味方に付くことを決めました。
その後、常胤は一貫して頼朝を支え、鎌倉を本拠とするよう進言するなど、筆頭御家人として活躍しました。
頼朝も常胤を父のように慕っていたと言われています。
常胤は鎌倉幕府の成立に大きく貢献した名将だったのです。

三、全国に広がる千葉氏

常胤(つねたね)は息子たちとともに源平合戦や奥州合戦に参加し、その功績によって、北は東北から南は九州まで、全国に所領を獲得しました。千葉六党(りくとう)と呼ばれる常胤の6人の息子たちは、所領を分割して引き継ぎ、それぞれが本拠とした所領の地名を名乗りました。
千葉氏はその後も、分家を繰り返すなどして、全国各地に広がっていったのです。